しそうに受け


 いつもならバックで停める駐車スペースに頭から突っ込んで、悦嗣は車を降りた。ドアを乱暴に閉めた音が駐車場内に響き渡るのを背に、悦嗣はマンションにエントランスに向かって駆け出した。
 エレベーターに飛び込むと、六階と『閉』のボタンを押す。ゆっくりとした浮遊感で昇るエレベーターがもどかしく、ドアが開くや否や、自分の薰衣草部屋に向かって走った。
 冷気が痛い。日中、雪がチラついたくらいに今日は寒かった。夜になって更に気温が下がったように思う。この寒さの中、彼は待っているだろうか? ローズテールで帰り着く時間を計算した時には、きっとホテルにでも戻っていると自分に言い聞かせた悦嗣だが、もしさく也がここまで来たのだとしたら、待っているだろうという考えは捨てきれなかった。
 そしてさく也は――やはり待っていた。
「中原!」

 さく也は自分を呼ぶ声に振り返った。加納悦嗣が走ってくるのが見えた。見る見る距離は縮まって、目の前に彼が立つ。
「どうしたんだ、いったい。エースケから電話が来たぞ」
 白い息が悦嗣の口から漏れる。さく也はしばらくその息に見とれていた。

「中原?」
「電話、もらって」
「昨日、俺がしたやつか?」
「声を聞いたら、会いたくなったから」
 さく也の息も白い。寒さのせいで言葉は震えているが、相変わらずの表情の乏しい声と表情で、何の照れもなく答えた。
 去年の春、キャンセルされたはずの待ち合わせ場所で、一人ベンチに座っていた彼を思い出す。その姿を何時間後かに見つけてしまった悦嗣は、電話せずにはいられなかった。離れた所で、自分からの電話を嬉るさく也の様子を見ていた。可愛く思って、だからキスをした。抱きしめたい衝動を抑えたあの時―――すでに自分は惹かれていたのだ 
 悦嗣はさく也を見つめた。それから、抱きしめる。頬にあたる髪までも冷たかった。それを感じて、尚更に強く抱きしめた。

 腕の中のさく也は動けなかった。
 温かい。タバコの匂いのする胸は、間違いなく悦嗣の物で温かかった。
 自分を抱きしめてくれている。
 彼の肩先に頬を擦り付けるようにして、さく也は目を閉じた。

 さく也が自分に身体を預けたことを、悦嗣は感じた。背中に回された彼の手が、躊躇いがちにコートを掴む。
 口元にはさく也の耳。悦嗣はそれに囁いた。
「好きだよ」
 さく也が顔を上げる。心持ち見開いた目に、複雑な表情が浮かんだ。
「…なに?」
と問い返すために動く唇に、答える代わりに口づける。
 凍えた唇を温める。長く、長く。目元に、頬に、こめかみに、そしてまた唇に戻って、悦嗣は愛おしむようにキスをした。

 彼の唇の熱は、さく也の体を温めてくれた。目元から、頬から、こめかみから、温かさが広がって行く。そして唇に戻った深くやさしいキスは、眩暈を感じるほどに甘い。

 カクリ…と、さく也の膝の力が抜けた。悦嗣は腰に回した腕で支える。唇を離してさく也を見ると、耳まで赤くなっていた。
「中に入ろう」
 一度、きつく抱きしめて悦嗣が言うと、さく也は目を伏せて「うん」と答えた。
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